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名古屋高等裁判所 昭和63年(う)384号 判決 1989年1月18日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大野博昭が作成した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官山岡靖典が作成した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、被告人は、原判示第二の犯行のうちの酒気帯び運転のかどで、右酒気帯び運転から約五二分経過した後に、右酒気帯び運転の場所から離れた岐阜市黒野一七六番地所在平野総合病院において、右酒気帯び運転を直接現認したわけではない警察官によって現行犯逮捕されたものであるが、これが現行犯逮捕の要件に欠けることは明らかであり、しかも、被告人は、右現行犯逮捕されるに当たり、「酒気帯び運転の被疑者として逮捕する。」と告げられたのみで、被疑事実の要旨を告げられてはいないから、いずれにしても、被告人に対する右現行犯逮捕の手続には違法があり、したがって、右違法な現行犯逮捕による身柄拘束中に作成された被告人の司法警察員に対する昭和六三年六月三日付け供述調書(一二枚つづりのもの)やこれに基づき作成された被告人の検察官に対する供述調書は、任意性に欠け、証拠能力を具備しないことになるから、右各供述調書の証拠調べをし、かつ、これらを原判示の各事実認定の用に供した原裁判所の措置には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、被告人は、原判示第二の無免許、酒気帯び運転の際に引き起こした原判示第一の交通事故のため、自らも頭部にけがを負い、とりあえず救急車で所論指摘の平野総合病院に運ばれたものであるところ、岐阜北警察署から交通事故の指令により右病院に駆け付けた警察官は、被告人から酒臭を感じたため、被告人が既に治療を終え帰宅してもよい状態であることの確認を医師から得た後、飲酒検知器により被告人の呼気を測定した結果、呼気一リットルにつき0.35ミリグラムのアルコール量を検出し、更に、酒酔い鑑識カードに基づき被告人に対して質問等をした末、所論指摘のとおり、右無免許、酒気帯び運転から約五二分経過した時点で、「酒気帯び運転の被疑者として逮捕する。」と告げたうえで被告人を右無免許、酒気帯び運転のうちの酒気帯び運転のかどで現行犯逮捕したことが認められるのであって、被告人が刑訴法二一二条二項三号にいう「身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」の準現行犯に該当することは明らかであり、また、右警察官が被告人を現行犯逮捕するに当たり「酒気帯び運転の被疑者として逮捕する。」と告げた措置も妥当であるのみならず、そもそも、現行犯逮捕の際には被疑者に犯罪事実の要旨等を告知する必要はないのであるから、被告人に対する右現行犯逮捕の手続には何ら違法、不当のかどはなく、したがって、所論指摘の被告人の司法警察員に対する昭和六三年六月三日付け供述調書(一二枚つづりのもの)や検察官に対する供述調書も何ら任意性に欠けるところがない。結局、所論は前提を欠き、論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも勘酌して検討するに、証拠に現れた本件各犯行の罪質、態様及び結果、被告人の性行、前科歴等の諸事情、特に、原判示第一の業務上過失致傷の犯行は、無免許、酒気帯び運転の際に引き起こされた点において既に犯情が芳しくないのみならず、その事故の態様も、右折車線からそのまま交差点を直進しようとして左後方にのみ注意を奪われ前方不注視になったという被告人の一方的過失により、右折のため交差点中央付近で一時停止後発進しかけた被害者運転の車両に高速で衝突したという危険なものであること、原判示第二の無免許、酒気帯び運転の際のアルコールの身体保有量が呼気一リットルにつき0.35ミリグラムと多量であること、被告人は、昭和四七、八年ころ普通運転免許を失効させて以来、運転免許を再取得することなく、昭和六〇年一二月以降二回も無免許運転(うち一回は、速度違反を伴う。)のかどで罰金刑に処せられたことがあるにもかかわらず、これに懲りず、運転練習をすると称して自動車を保有したうえ無免許運転を繰り返していたものであり、無免許運転の常習性及び交通法規軽視の傾向があることを否定し得ないことからすれば、被告人の刑事責任は決して軽視することができない。したがって、被告人は、本件各犯行を犯したことを反省していること、被告人は、被害者との間で一〇〇万円を払うことで示談を遂げ、原判決宣告前に既に内金四〇万円及び別途病院までの交通費二万円を支払い、更に原判決宣告後、内金三〇万円を支払い、残金三〇万円についても誠意をもって支払うことを約束していること、これに伴い、被害者の処罰感情も緩和するに至っているものと考えられること、被告人は、肝硬変を患い、現在通院治療中であること等の諸事情を被告人のために十分斟酌しても、被告人を懲役六月の実刑に処した原判決の量刑は相当であり、これが重過ぎて不当であるとはいえない。本件で被告人を執行猶予に付すべき特段の事情は見いだすことはできない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本卓 裁判官油田弘佑 裁判官向井千杉)

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